平成17年12月14日

携帯電話の電波による脳内でのメラトニン(睡眠を促すホルモン)の合成への影響は認められないことを確認

電波の安全性に関する生体電磁環境研究推進委員会の研究結果
 総務省では、平成9年度から「生体電磁環境研究推進委員会(委員長:上野 照剛 東京大学教授)」を開催して、電波の生体安全性評価に関する研究・検討を行っています。
 同委員会では、携帯電話端末から発せられる電波の睡眠への影響を調べるため、ラットの脳に電波をばく露し、脳内でのメラトニンの合成に及ぼす影響を明らかにする実験を行いました。メラトニンは主に脳内の松果体(しょうかたい)で合成されるホルモンであり、睡眠・覚醒のサイクルに対する作用を持つことが知られていますが、実験の結果、携帯電話から発せられるレベルを大幅に上回る平均SARが7.5W/kgキログラムの電波を脳にばく露してもメラトニンの合成に及ぼす影響は認められないことを確認しました。

1 電波の安全性に関する取組み
 近年、携帯電話をはじめとする無線システムが日常生活の中で益々重要な役割を果たすようになってきており、身近なところでの電波利用が拡大していますが、このような中で、電波利用機器から発せられる電波が人体に好ましくない影響を及ぼすのではないかという懸念を有する方もおり、安心して安全に電波を利用できるようにすることが重要な課題となっています。
 総務省では、電波の安全性に関する取組みとして、電波利用において人体に好ましくない生体作用を及ぼさないよう、安全性を評価するための指針である「電波防護指針」を策定し、制度化するとともに、電波が人体に与える影響をより一層解明するために、生体電磁環境研究推進委員会を平成9年度から開催し、医学的・工学的な観点から研究を推進しています。また、電波が人体に与える影響についての正しい知識を普及するため、パンフレットの作成・配布、講演会の開催等により周知・広報に努めているところです。


より安心して安全に電波を利用できる環境の確保に向けた取組み
より安心して安全に電波を利用できる環境の確保に向けた取組み

2 今回の研究結果
 メラトニンは、脳のほぼ中央部にある松果体と呼ばれる器官でセロトニン(食事で摂取される必須アミノ酸トリプトファンから合成される神経伝達物質で、精神を安定させる作用がある)から合成されるホルモンであり、睡眠・覚醒のサイクルに対する作用(夜間に多く分泌され、睡眠を促す)のほか、抗酸化作用や抗腫瘍効果を持つことが知られています。
 同委員会では、携帯電話端末から発せられる電波の睡眠への影響を調べるため、ラットの脳に電波をばく露し、松果体及び血清中のメラトニン値及びセロトニン値を調べることによって、携帯電話の電波がメラトニンの合成に及ぼす影響を明らかにするための実験を実施しました。


松果体でのメラトニン合成


夜間 昼間
セロトニンからメラトニンが合成される
セロトニンからメラトニンが合成される
光によりメラトニン合成が抑制される
光によりメラトニン合成が抑制される
 実験では、12時間毎の明暗条件に2週間以上順応させた合計408匹のラットを、ばく露装置に入れて電波ばく露を行う電波ばく露群、ばく露装置に入れるが電波ばく露を行わない偽ばく露群、及びばく露装置に入れず電波ばく露を行わない非ばく露群の三群、並びに測定日に明条件下におく光照射群※1に分け、松果体及び血清中のメラトニン値及びセロトニン値について電波ばく露群と他の群との比較を行いました。電波ばく露群にばく露する電波には、平均SARが7.5W/kgキログラムという、電波防護指針の基準値※2よりも数倍強い電波を用い、平成14年度及び平成15年度には短期的ばく露の影響を調べるために1回4時間の電波ばく露を行い、平成16年度には中・長期的ばく露の影響を調べるために1日1時間の電波ばく露を4週間行いました。いずれの場合も、メラトニン合成が可視光により強く抑制されることが知られているため、可視光の影響を可能な限り抑えるために、電波ばく露群への電波ばく露を暗条件下で行い、電波ばく露群、偽ばく露群及び非ばく露群の松果体の摘出及び血清の採取も暗条件下で行いました。

※1: 光照射群は、平成14年度及び平成15年度に測定系が正しく機能していることを確認するために設けたもの。
※2: 任意の組織10g当たりの局所SAR(6分間平均値)が2W/kgキログラムを超えないこと。



実験動物


平成14年度
ラット 10-12週齢・雄 104匹  
        ばく露群  
      偽ばく露群 
      非ばく露群 
      光照射群  
32匹
32匹
32匹
8匹
 
平成15年度
ラット 10-12週齢・雌雄 208匹  
        ばく露群  
      偽ばく露群 
      非ばく露群 
      光照射群  
雌32匹、
雌32匹、
雌32匹、
雌 8匹、
雄32匹
雄32匹
雄32匹
雄 8匹
平成16年度
ラット 10-12週齢・雄 96匹  
        ばく露群
      偽ばく露群
      非ばく露群
32匹
32匹
32匹
 



電波ばく露条件

(1)短期的ばく露に関する実験(平成14、15年度)の電波ばく露条件
8時   正午   20時
  暗条件(1ルクス以下)  
  電波ばく露 (4時間・7.5W/kgキログラム)  

(2)中・長期的ばく露に関する実験(平成16年度)の電波ばく露条件
8時             20時   8時
  暗条件(1ルクス以下) 明条件(400ルクス以下)     
      電波ばく露 (1時間・7.5W/kgキログラム)※ 5日間ばく露、2日間休みを4週間実施  
  11時   12時            

 実験の結果、電波の短期的ばく露及び中・長期的ばく露の双方において、三群間の松果体及び血清中のメラトニン値及びセロトニン値には有意差が認められませんでした。以上の結果から、携帯電話端末から発せられる電波が睡眠・覚醒のサイクルへの作用等と密接に関係するメラトニンの合成に及ぼす影響は認められないことが確認されました。
 この結果は、第26回生体電磁学会(2004年)(The 28th Annual Meeting of the Bioelectromagnetics Society, Washington, D.C., 2004)及びBioelectromagnetics誌(Bioelectromagnetics 26(1):49-53, 2005)で発表されています。

睡眠に及ぼす影響に関する実験(平成14年〜平成16年) 携帯電話の電波による脳内でのメラトニンの合成への影響は認められない




3 今後の予定
 同委員会では、より安心して安全に電波を利用できる環境の確保のため、携帯電話端末の使用と脳腫瘍の発生との関係についての疫学調査、電波による眼球への影響の解明に関する研究等の医学的・生物学的な研究を実施するほか、人体が電波にさらされたときに吸収される電力(全身平均SAR)と電波の強さとの関係について電波防護指針制定当時のものよりも精密な人体モデルを使用して評価を行うなどのドシメトリ(ばく露量評価)に関する研究等を実施するなど、電波が生体へ及ぼす影響についてより一層解明するために必要な研究を引き続き推進していくこととしています。

【参考】 平成17年度に実施している調査研究


連絡先
担当

電話
FAX




総合通信基盤局電波部電波環境課
前田電波監視官、宮山専門職、板屋越
生体電磁環境係長
03−5253−5907
03−5253−5914







【関係する報道発表】
 同委員会のこれまでの研究成果等については、以下のとおり。
 (1) 「生体電磁環境研究推進委員会」の開催(平成9年10月9日発表)
(2) 携帯電話の短期ばく露では脳(血液ー脳関門)に障害を与えず(平成10年9月29日発表
(3) 熱作用を及ぼさない電波の強さでは脳(血液-脳関門)に障害を与えず(平成11年9月2日発表)
(4) 「生体電磁環境研究推進委員会」の中間報告(平成13年1月30日発表)
(5) 携帯電話の電波による課題学習能力への影響は生じないことを確認(平成14年11月12日発表)
(6) 長期にわたる携帯電話の使用が脳腫瘍の発生に及ぼす影響は認められないことを確認(平成15年10月10日発表)
(7) 携帯電話の電波が脳微小循環動態に及ぼす影響は認められないことを確認(平成15年12月12日発表)

【参考】

生体電磁環境研究推進委員会において平成17年度に実施している研究


  1.  疫学研究・ボランティア研究
    (1)  携帯電話端末の使用と脳腫瘍の発生との関係についての疫学調査
    (2)  携帯電話のヒト眼球運動への影響に関する研究
    (3)  非熱的RF電磁界へのヒト感受性に関する研究

  2.  動物実験
    (1)  高周波電磁波ばく露による生物学的影響調査 内分泌撹乱様作用について
    (2)  生殖・発生・発達に対する2GHzギガヘルツ帯電磁波ばく露の修飾作用
    (3)  パルス波・ミリ波による眼球への影響評価に関する研究
    (4)  電波照射の脳微小循環動態に及ぼす影響の直視的評価と加齢性変化に関する研究
    (5)  経胎盤的N-ethyl-N-nitrosourea誘発中枢神経系腫瘍発生に対する2GHzギガヘルツ帯電磁波ばく露の修飾作用

  3.  細胞実験
    (1)  高周波ばく露の細胞生物学的影響調査と機構解析(細胞実験)
    (2)  高周波ばく露の細胞生物学的影響調査と機構解析(物理的条件からの検索)
    (3)  生体ラジカル発生へのマイクロ波影響の実験調査

  4.  ドシメトリ(ばく露評価)
    (1)  症例対照研究の解析を補完する携帯電話利用者のばく露評価
    (2)  生物実験のためのばく露評価とばく露装置の開発
    (3)  人体全身平均SARの特性評価

  5.  その他
    (1)  新たな疫学的アプローチの必要性と実施可能性に関する予備的研究
    (2)  国内外における電波の生体影響に関する研究の動向調査