報道資料



平成15年12月12日
総務省

携帯電話の電波が脳微小循環動態に
及ぼす影響は認められないことを確認
−生体電磁環境研究推進委員会の研究結果−

 総務省では、平成9年度から生体電磁環境研究推進委員会(委員長:上野 照剛 東京大学教授)を開催して、電波の生体安全性評価に関する研究・検討を行っています。
 同委員会では、携帯電話で使用されている電波による脳への生物学的影響を調査するため、人が携帯電話を使用している状況を想定し、ラットの頭部に局所的に電波をばく露して、脳微小循環動態(脳内の微小血管の血管径、血流速度等)を評価する実験を行いました。
 その結果、携帯電話の電波が脳微小循環動態に及ぼす影響は認められないことを確認しました。

1 概要
 生体電磁環境研究推進委員会では、以前にも脳微小循環動態評価実験を行い、平成13年1月にとりまとめた中間報告において影響は認められないとの結果を公表しましたが、同実験では、ラットの頭部に加えて全身が比較的強い電波をばく露される条件となっていたため、全身ばく露による影響を排除し、頭部への局所的な電波ばく露のみによる影響を明らかにする必要がありました。このため、ラットの頭部に従来よりも局所的な電波ばく露を可能とする装置を開発し、それを用いて、人が携帯電話を使用している状況により近いばく露条件下で、同実験を行いました。
 その結果、携帯電話の電波をラットの頭部に局所的にばく露しても、脳微小循環動態への影響は認められないことを確認しました。(概要は別紙のとおり)

 ○本実験の詳細については、<研究報告書(PDF)>を参照

2 今後の予定
 同委員会では、安心して電波を利用できる環境の更なる整備のために、電波による眼球への影響の解明に関する研究等、電波が生体へ及ぼす影響の可能性をより一層解明するために必要な研究を引き続き推進していくこととしています。

3 関係資料等
 生体電磁環境研究推進委員会のこれまでの研究成果等については、以下のとおり。
(参考URL)
 ○http://www.tele.soumu.go.jp/j/ele/body/comm/index.htm
 ○http://www.tele.soumu.go.jp/j/ele/index.htm


連絡先 総合通信基盤局電波部電波環境課
担当 志賀監視官、伊藤生体電磁環境係長
電話 03−5253−5907
FAX 03−5253−5914






別紙

脳微小循環動態評価実験について


1 目的・概要
 本実験は、携帯電話の電波が脳微小循環動態※1に及ぼす影響を明らかにすることを目的としている。従来のアンテナに比べ、より局所的にラット頭部への電波ばく露を可能にする小型ループアンテナを新たに開発し、このアンテナを備えたばく露装置を使用して、以前の実験において用いた長期埋込型cranial window法による影響評価に加え、国内外の医学分野で従前より用いられている組織学的評価法による影響評価も行った。

2 実験方法
   (1 )  長期埋込型cranial window法による実験
 ラットの頭部に特殊な透明窓(cranial window)を外科的に埋め込むことで、脳微小循環動態を生体顕微鏡的に長期間観察することができるようにし、脳微小循環動態のうち血管径、血流速度、白血球の挙動及びBBB※2機能について、電波ばく露による急性的な影響及び慢性的な影響を評価した。
 なお、これまでのばく露装置に比べて、新たに開発した電波ばく露装置により、脳平均SAR※3が電波防護指針の値(2Wワット/kgキログラム)の場合でも、全身平均SARは最大でも0.3Wワット/kgキログラム未満であり、全身ばく露による熱作用の閾値(全身平均SARが1〜4Wワット/kgキログラム)に比べて十分に低くなることが確認された。
1)  急性的な影響の評価
 透明窓を埋め込んだラットに、脳平均SAR 0.18Wワット/kgキログラム、1.8Wワット/kgキログラム、6.8Wワット/kgキログラムの強さの電波(1,439MHzメガヘルツ PDC方式)をそれぞれ10分間照射し、脳微小循環動態(血管径、血流速度、白血球の挙動及びBBB機能)について観察した。
2)  慢性的な影響の評価
 透明窓を埋め込んだラットをばく露群※4、偽ばく露群※5、対照群※6の3つの群に分け、脳平均SAR 1.8Wワット/kgキログラムの強さの電波(1,439MHzメガヘルツ PDC方式)を1日1時間、週5日間、4週間ばく露し、脳微小循環動態(血管径、血流速度、白血球の挙動及びBBB機能)に加えて、体温及び体重を観察した。これらの観察は、電波ばく露における急性的な影響の可能性を避けるため、週5日間のばく露終了後、24時間経過してから行った。
  (2 )  組織学的評価法による実験
 ラットをばく露群、偽ばく露群、対照群の3つの群に分け、脳平均SAR 35Wワット/kgキログラム(1,439MHzメガヘルツ PDC方式)の電波を2時間ばく露した。電波ばく露終了の直後、2時間後及び24時間後にラットの脳を摘出し、一定間隔で切片標本にしてBBB機能について影響を評価した。

3 実験結果
   (1 )  長期埋込型cranial window法による評価
1)  急性的な影響の評価
 脳平均SAR 0.18Wワット/kgキログラム、1.8Wワット/kgキログラム、6.8Wワット/kgキログラムの強さの電波を10分間ばく露しても、脳微小循環動態に何ら影響を及ぼさなかった。

2)  慢性的な影響の評価
 脳平均SAR 1.80W/kgキログラムの強さの電波を4週間ばく露した後においても、BBB機能は正常に保たれていた。血流速度は、実験を始めて2週間後の時点で一過的に増加した。白血球の粘着性については、同様に2週間後から4週間後にかけて継続的に減少した。しかしながら、この変化分は生理的変動の範囲内と考えられる。また、BBBの透過性の亢進現象に伴う白血球の粘着性亢進とは逆方向の反応であることから、電波ばく露による生理学的変化とは考え難い。

  (2 )  組織学的評価法による評価
  脳平均SAR 35W/kgキログラムの強さの電波を2時間ばく露した後においても、BBB機能は正常に保たれていた。このとき、頭部皮下の温度上昇は認められたが、BBB機能が破綻するとされる温度42℃未満であり、この結果は、頭部温度が42℃未満の熱的条件下ではBBB機能の変化は認められないとのGoldman(1984)らの報告を支持するものである。

4 結論
 長期埋込型cranial window法による実験の結果、携帯電話の電波については、ラットの頭部に電波防護指針の値を超える電波あるいは電波防護指針の値にほぼ等しい電波をばく露しても、熱作用を生じない範囲においては、脳微小循環動態には急性影響、慢性影響ともに認められないと結論された。
 組織学的評価法による実験の結果、携帯電話の電波については、ラットの頭部に熱作用を生じるかなり強い電波をばく露しても、頭部温度が42℃未満である範囲においては、BBB機能の変化は認められないと結論された。





(参考)

※1  脳微小循環動態
 脳内の微小血管における動的に変動する様々な循環指標。血管径、血流速度、白血球の挙動、BBBの機能等。
 電波のばく露によりBBB機能の変化といった病態生理的変化を招くのであれば、その前段としてBBB機能以外の脳微小循環動態に変化が生じることが予想されるため、それらの指標を総合的に評価している。

※2  BBB(Blood-Brain Barrier:血液−脳関門)
 脳毛細血管と脳細胞の間に存在し、高分子や水溶性分子の通過を制限することにより脳内への毒性物質の侵入を防御し、また脳細胞周囲の細胞環境(浸透圧、pH、電解質濃度(特にカリウム濃度))を維持する働きをしている構造の総称。
 BBBは、熱刺激、外傷、急性高血圧、脳虚血、けいれん発作等の際、その透過性が亢進していることが確認されている。 
 もし、電波ばく露によりBBB機能が破綻し、透過性が亢進するならば、毒性物質が脳内に侵入することによる脳腫瘍の発生や、てんかん発作、けいれんなどが引き起こされる可能性が生じる。

※3  SAR(Specific Absorption Rate:比吸収率[Wワット/kgキログラム])
 生体が電磁界にさらされることにより、単位重量に吸収される電力。電波法令では、携帯電話端末等は、それらから発射される電波の人体頭部におけるSARを2Wワット/kgキログラム以下とすることを義務付けている。
 本実験においては、局所ばく露に適したループアンテナを用いて、脳平均SARを所定の値に設定した状態でも全身平均SARは可能な限り小さくした。

※4  ばく露群
 電波ばく露装置により電波ばく露を行ったラット群。

※5  偽ばく露群
 電波ばく露装置にばく露群と同一期間入れるが、電波ばく露を行っていないラット群。

※6  対照群
 実験期間中、通常の飼育ケージ内で飼育し続けたラット群。



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